ゾンビのジャズアルバム備忘録

ジャズアルバムの備忘録

チェット・ベイカー「Chet Baker Sings」

私の持つ何枚かのジャズ・アルバムは「精神安定剤」みたいな役割を持つものがある。落ち込んだ時や、追い詰められている状況に流すと、落ち着いてきて、何だかホットする。クヨクヨと悩んでいたことが馬鹿らしくなる。

 

チェット・ベイカーの「Chet Baker Sings」は、そうした安定感の一つである。私にとっては、極めて強い効果をもたらす。

チェット・ベイカーは、西海岸で名を馳せたトランペッターであり、ヴォーカリストであった。端正な顔立ちや、彼の中性的なヴォイスは、当時の女性にかなり人気であったそうだ。

 

そう、このアルバムは、タイトルに示すとおり、チェットの中性的なヴォーカルを余すことなく堪能出来るアルバムである。ちなみに、昔のジャズシーンでは、「オカマみたいな声」と酷評されたそうだ。確かに、あまり抑揚を付けず、音程に沿って淡々と歌っているので、他のジャズ・ヴォーカルに見られるような迫力はあまり無いかもしれないが、大きな個性であることは確かだ。

 


Chet Baker - But Not For Me - YouTube

 

チェット・ベイカーについては、村上春樹氏の「ポート・イン・ジャズ」でも取り上げられている。その中で、氏は「チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない青春の匂いがする」と評価しているが、それは私にとって非常に納得のいく表現であった。

「青春」・・・そう聞くと、甘酸っぱい恋だったり、友達と騒いだり、そういった明るいイメージを持つ人が多いと思うが、それは「青春」の持つひとつの側面に過ぎない。私は、むしろ失敗だったり、挫折だったり、そういった苦い思い出が次々と出てくる。考えてみると、多感な思春期に、恋や友情といった、さささやかな甘い経験はほんのわずかであり、逆に劣等感や、無能感、孤独感といった事が多い。自我が急速に発達する中で、相対的に自己の技量、経験といったものが不足する。そして、それ故に恋や友情を強く希求するのだ。

 

このアルバムは、そういった挫折や失敗といった苦い思い出を匂わせてくる。チェット・ベイカーの歌声はどこか淡白な気がするが、何故だろうか。分からないけど、このアルバムを聞く。聞いていて、私のよく知っている匂いを嗅いで、ほっとする。